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「無意識がわかれば人生が変わる」前野隆司 無意識を理解する手がかり

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やっぱり私の関心は無意識、潜在意識なのだ。

メンタルモデルとは?



潜在意識の結晶の型をこの本では
メンタルモデルとして
4つのモデル分けしている。

「人間はどうしてこの世界にある不本意な現実を変えることができないのか」、という問をわたしはずっと追い続けていました。考えうる対症療法や既存のハウツーで課題解決を図るというレベルでは歯が立たない現実の事象に対して、無意識にある内面世界の構造を解析し、その一番奥にある「メンタルモデル」と呼んでいる無自覚な信念まで掘り下げ、それがどのように現実の体験をつくり出してるのかを観る。この内面にある構造を無意識から顕在意識に情報として浮上させることで「気づき」が起こり、この理解から人の意識は自然に変容し、現実の事象もそれに合わせて変化する。
 これが自分が長年にわたって人が抱える苦悩や悩みに向き合う中で見いだしてきた、人間が現実を変える一つのアプローチである。

由良さんは、無意識の中には「痛み」を避けるためのメンタルモデルが大まかに4種類あるという考えだ。

それを意識することで、
その無意識下にある痛み回避モデルを
顕在意識に、
「あ、こんな痛みを避けるために
行動していたんだ」
と気づかせ
それを統合していくというものだ。

 生存適応OSにおけるメンタルモデルの目的は、「痛みを回避すること」ですが、
それを痛みとして体験させているのは「こういう世界もあるはずだ」という欲求の裏返しでもある。4つのメンタルモデルの求めるものが、わたしたち人間が心の奥底で本当に願っていることだとしたら、美しいなと思うんです。みんながそこに気づけるといい。痛みや辛さはそのためにあったんだとわかったら、自分のことを素晴らしいと思えるようになり、人生に肯定的な感覚が持てるんじゃないでしょうか。

(略)

 この社会で生きていると、どうでもいいことに費やされることも多い。痛みを感じること、つらいこともたくさんある。でも、この世界においてやりたいことは、その痛みの裏側にある。そう見定められたら、痛みへの向かい方も、これからのいきかたも変わるんじゃないでしょうか?それは教えられるものでも、得るものでもなく、誰にでももともとあるものなんです。だって自覚の濃淡はあれど、痛みのない人はいないからです。

自分の痛みに敏感になれ、
自分の不快感に敏感になれ
そういうことだ。

わたしたちの日常には不本意な出来事がつきものです。
でも「不本意だな」と感じるのは私たちの認知の結果に過ぎません。
自分の痛みに繋がっているから、不快感を感じる。
メンタルモデルの概念がわかれば、こうした認知を持つことができます。
「これはわたしの生存適応OSにとって痛みに通じるような出来事なんだな」というふうに意識できるようになる。
「痛みに繋がる出来事が起きて脳のOSが不本意だと判断しているな」と分離している状態を観察する感じになるんです。大事なのは、痛みを避けようとせず、痛みに対する抵抗を止めることです。痛みというのは「感じる」世界にあるので、それを「観ます」。「観る」は「感じる」とほぼ同じと思って下さい。

(略)

「痛みはなくならないし,なくそうとする必要もない」ことを受け入れるのが第一歩なんです。
痛いのは本当に嫌なものだから、それを避けようとするのは脳の基本的な働き。それはなくならないけど「痛みを感じないようにしよう」という抵抗感を和らげていくことはできる。「あってもいいんだ」と受け入れるプロセスが大事なんです。

ではその4つのメンタルモデルを観てみよう。

4つのメンタルモデル

  • 価値なしモデル
  • 愛無しモデル
  • ひとりぼっちモデル
  • 欠陥欠損モデル

・価値なしモデルとは?
「こんなにやっても、
やっぱいり自分には価値がない。
何か価値を出さないと、価値を認めてもらえない。」

常に動き続け、なにもしないことが耐えられない。

・愛無しモデルとは?
「こんなにやっても
やっぱり自分は愛されない。
自分のありのままでは
愛してもらえない。

人に与えてばかりで疲れてしまう傾向にある。

・ひとりぼっちモデルとは?
「所詮自分はひとりぼっちだ。
人が去って行く、離れていく。
つながりをたたれる分離の痛み。」

人は一人で生きていくという孤独感。

・欠陥欠損モデルとは?
「こんなにやっても
やっぱり自分はダメだ。
自分には決して埋まらない
決定的な欠陥がある」

不安から行動しがちなので
やることが増える。
人の役に立とうとする。
兎に角不安で役に立とうとする。

価値なしモデル愛無しモデルひとりぼっちモデル欠陥欠損モデル
痛みこんなにやってもやっぱり自分には価値がない
何か価値をださないと、自分の価値は認めてもらえない。
こんなにやってもやっぱり自分は愛されない。自分のありのままでは愛してもらえない。所詮じぶんはひとりぼっちだ。人は去って行く、離れていく、つながりをたたれる分離の痛み。こんになにやっても「やっパリ自分はダメだ。自分には決して埋まらない決定的な欠陥がある。
キーワード成果を通して自分の価値を認めてもらいたい。
人からの評価や承認が大事。
意味のあること以外やりたくない
休まず働き続けてしまう。何もしないことが耐えられない。
恒常的な寂しさが有り、つながりを失って1人になってしまうのが怖い。
人に与えてばかりで疲れてしまう傾向にある。
本当のことを人と分かち合いたい。4
相手を不快にさせることはできるだけ避ける傾向がある。
所詮人はひとりで生きているという孤独感。
来るものを拒まず、去る者を追わず。
人の目は気にしないで、自分がやりたいようにやっている。
人間が,面倒くさいと感じる。
「好きにしたらいい」が口癖
自分は何か足りない、できそこないだ、ポンコツだという漠然とした自己不信。
とにかくすぐ不安になって落ち着かない。
他者と比較して自分の至らなさが気になる。
なかなかものが捨てられない。
安心していられる居場所を求めている。
代償他人軸で生きていくため、自分がなくなる。人に過剰に尽くして自分の真実を生きられない。常に自分や人、世界を割り切って捉え、決してなくならない孤独を抱える。人の中で安心して自分でいられない。
心の平安がない。
求める世界何が出来ても出来なくても、
自分がいるだけで価値がある、
誰もがいるだけで良いと認められる、
存在する価値ですべての人の価値が認められる世界
誰もが自分を無条件に愛し、真実からありのままを受け入れられ、理解し合える関係性で人間同士が繋がっている世界人が命の一部を担っている、その一部として生かされている、といワンネスに感覚の中で誰もが自由に自分の人生を生きている世界凸凹のままで人は完全で、誰もがどこにいても内側に何があっても、ありのままで安心して存在していられる世界

私はどのモデルにも当てはまりそうだ。
特に価値なしモデルかな。

価値を出さないと存在する意味がない。
私には価値が足りない。
そこを克服して生きてきた気がする。

これって他人軸になることなんだ。

何も出来ない「私」で価値があれば
なんて素敵だろう。
そこに在るだけで価値がある。
それって素敵だよね。

なんて自由なんだろう。

そう思う。

他人に承認されるのではなく
自分で承認して、自分が大満足する。
そうなれたらいい。

私がわたしとしているだけで
きっと世界は満足している。
満足してないのは
当の自分だけ。

そんな本当の世界の破片を見つけた気がした。

痛みや苦痛は、求める世界の羅針盤である。
痛み、悲しみ、苦痛は求める世界を指し示している。