まるで映画のような小説だった。
あっという間に読めてしまう。
私の前にも
こんな運転者が現れることが
あるのかな・・・
過去と未来を
行ったり来たりするような演出、
それが不思議な感覚へと
誘ってくれる。
仕事、大失敗。
保険の営業で大口20件 解約。
将来に向かってボーナスカット
賃金も埋め合わせのため大幅カット
将来の生活の不安。
何も知らない妻は
パリ旅行を楽しみにしている有様。
言い出しにくい・・・
さらに娘は登校拒否。
実家の父親が半年前に亡くなり、
母からの相談電話。
あれもこれも、どうしたらいい?
そんな押しつぶされそうな状況。
耐えれるだろうか・・・
修一は泣きそうになって
タクシーに乗り込んでいた。
不登校の娘のことで
担任から呼び出されているのだった。
タクシーの運転手は
行き先も告げないのに
娘の中学校に向かう。
さては、妻の差し金かと思ったが
どうやら違うらしい。
「まぁ、なぜ行き先がわかるのか納得してもらえることではなく
その目的地に安全にお客様をお届けするのが運転手の仕事なので、
私は納得してもらわなくても良いのですけどね。
それにこの世のすべてが言葉で説明できることでもないのですよ。
そういうこともあるってことです。」
メーターが69820になっていて
これが0になるまで
修一は無料で乗れる・・・そういうことらしい。
運転手は、
「岡田さん、僕の仕事はあなたの運が良くなる場所に
連れて行くことです。」と言う。
「俺の運を良くするのが仕事だって?何を言っているのか余計わからんよ。
君の仕事は運転手だろ。客が連れて行って欲しいところに車で連れて行くのが仕事じゃないのか?」
「違います。運を転ずるのが仕事です。
だから私は岡田さんが連れて行って欲しいところに、
車を走らせるのではありませんよ。
岡田さんの人生の転機になる場所に連れて行くだけです。」
40台半ばと思われる岡田修一も
さぞや面食らったことだろう。
娘の担任と妻優子と
呼び出されるまでもない話をして
イライラしながら
学校を去った修一だった。
その次の日、
行く当てもない営業に
出て行く修一。
解約された保険分を
取り返さないといけない。
だが宛てはない。
そんなときタクシーがまたやってきた。
「僕と出会って運が変わったって実感してないんですか?」
「忙しいのに無駄な時間だったよ。あんな先生との話、
電話でも済んだんだ。
わざわざ呼び出されて、イライラするだけ・・・」
「やっぱり・・・そうなったんですね。嫌な予感がしたんですよ」
・・・
「あの先生、奥さんとあなたの仕事のことで話をしていたのですよ。
先生はお願いしようかなと。それがきっかけで東出先生だけじゃなく
学校のたくさんの先生が保険の見直しを考えてくれて・・・
数年後には先生たちは転勤になるでしょ。
そこでまた、どんどん広がって・・・となるはずだったのに・・・」
修一は絶句した。嘘かほんとかしらないが、
自分が喉から手が出るほど欲しかった
保険の契約が
合計25件以上も取れる話が転がっていたという。
「兎に角大事なことですから、忘れないでくださいよ。
運が劇的に変わるとき、そんな場、といのが人生にはあるんですよ。
それを捕まえられるアンテナがすべての人にあると思ってください。
そのアンテナの感度は、上機嫌の時に最大になるんです。
逆に機嫌が悪いと、アンテナは働かない。
最高の運気がやってきているのに、
機嫌が悪いだけでアンテナが全く働かないから、
すべての運気が逃げていくのです。
昨日のあなたみたいに・・・」
上機嫌でなければ、運の転機を感じることが出来ない。
・・・
修一が転職して今の会社に入った頃、
脇谷にこの仕事の極意を尋ねたことがある。
脇谷とは所長で、
常に保険営業のトップを走り続けている人だ。
「いつでもどこでも、明るく楽しくいることだ。
いつでも、どんなときでもな」
「簡単なようでこれが結構むずかしいんだぞ」
そう話した脇谷の横顔を思い出した。
「上機嫌」これが大事なのである。
いつでもどこでもだ。
それができれば苦労はないよと言いたくなる。
運転手は
「運がいい人なんていないし、運が悪い人なんて居ない、
運はそういうモノじゃないんです。」
「とにかく頑張っても報われないときは
運が貯まっているんです。
努力をしてすぐ結果が出たり、
何か良いことが起こったりする人は、
貯めた運を小出しに使っているだけで、
他の人より運が良いわけではないのですよ。
同じだけど力をしたのに結果が出なかった人は、
その分、
運を貯めたんです。
あとでもっと良いことが起こります。」
「基本姿勢が不機嫌だって事は認めるよ。
どうやったら、上機嫌でいられるというんだよ」
「ちょっと損得から離れると良いと思いますよ。
自分が得をしそうだと思ったら行動してみる。
損しそうだと思ったら止める。
それがあまりにも当たり前になっているのです。
もっと純粋に未知のモノに対して
楽しそう、面白そうって思っても良いじゃないでしょうか」
「そんなこと言われても、思えないもんはしょうがないだろう」
「そうかもしれませんけど、岡田さんは面白いと思えないことを
面白いと思っている人がいるんですよね。
じゃあ、何が面白いんだろうって興味を持つことは出来るんじゃないですか?」
人は努力したらすぐ結果を求めたがる。
それはにんじんの種をまいて、その日ににんじんを収穫したいと言っているようなものだという。
「なかなか結果がでないといって苦しんでいるんです。
人によっては運が悪いとか思い始めます。
頑張って報われないって人はみんな、
種をまいてそれを育てているんですが
ちゃんとした収穫期の前にまだ育たないって言って嘆いてるようなもんです。
もっと長い目で見たら、
報われない努力なんでないんですよ。
あまりにも短い期間の努力で結果が出ることを期待しすぎているだけです。」
「それがわかっていても俺には時間が無いんだよ。
次の給料日までに解約された契約分だけでも取り返さないと・・」
「そんなことで終わりはしないですよ。
収入がなくなっても、仕事がなくなっても
終わりなんてないです。
そこからまた始めるだけです。
その強さは誰にだってあります。
だから心配しなくていいんです」
修一は思わず涙目になって運転手を見た・・・・
この不思議なタクシーは
修一の父
政史の前にも現れている。
そして妻優子の前にも・・・
運転手は言う。
「自分の人生にとって何がプラスで
何がマイナスかなんて
それが起こっているときには
誰にもわかりませんよ。
どんなことが起こっても
起こったことを必要なことに変えていくことが
<生きる>ってことです。
だから、どんな生き方だってプラスにできますし、
逆にどんな出来事もマイナスに変えてしまうことだって出来る。
本当のプラス思考というのは、
自分の人生でどんなことが起こっても
それが自分の人生でどうしても必要だから起こった大切な経験だと
思えるって事でしょう。」
「僕たちの人生は延々と続く物語の一部だという話をしました。」
「その物語の中であなたが登場したとき、つまりあなたが生まれたとき
すでにそれまで続いてきた物語によって作られて恩恵がたくさんあった。そうでしょ」
「そこにあなたが生まれ、そしてほんの100年ばかり生きて死んでいく。
そのときです。あなたがその物語に登場したときよりも、
少しでもたくさんの恩恵を残してこの世を去る。
あなたが生きたことで、少しプラスになる。
それこそが、真のプラス思考だっていえるんじゃないかって思うんです。」
「誰よりも運を貯める生き方をする。
貯めた運の半分くらいを使って生きる。
それでも誰より得るものが多い。
そんな生き方ですよ。本当のプラス思考って。」
・・・
「でも、こんな自分に自信が持てないんだ。どうすれば良い?」
「まず、誰かと比べるのを止めると良いですよ。
他の人との比較を止めて
自分の人生に集中して。
他の人はその人の人生を生きて、
その人の役割を果たしています。
だから、上手くいっているように見えても
多くを持っているように見えても
関係ないじゃないですか。
それより、あなたの人生をしっかりみつめてください。
そうすれば、自分がどれだけ恵まれているかわかります。
まずは、自分が恵まれているということに
心から気づけること。
そこから始ります。
そこに心から気づければ、
自分ほど恵まれている人はいないんじゃないかって思えるようになっていきます」
その後、修一は実家の前でタクシーから降りていく。
残ったタクシーのメーターは
次の世代に使ってもらうことにして。
この本には
運に関して、新しい見方が
小説形式で述べられている。
それがとても暖かく感じられる。
修一という主人公に感情移入しやすく、
修一が困り果てて
運転手に「どうしたらいい?」
って聞くと
私も一緒になって
「どうしたらいい?」って聞いている。
答えが知りたくて
仕方ない。
今の日本の繁栄、
特に戦後のめざましい発展、
それは並々と続く過去の人たちの
運の蓄えによって成り立っている。
そうだ。
間違いなくそうだ。
そう感じた。
自分が生きたことで
人間史、
地球史、
宇宙史・・・・
その中に小さなプラスが残せたら
嬉しい。
そうするためには
運を使うより
多く貯めることだ。
損得ではなく
他人のために多くの時間を
使うことだ。
腐らず努力することだ。
それが結果として表れない間
運が貯まっているのだ。
自分をちゃかざず
真剣に
たしかなあしどりで
自分の人生と
自分に集中し
前進し続ける。
これが道だ。
珠