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里山に学ぶ|人がいなくなった家は自然に戻ろうとしているだけだった

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私は自然センターが実施する6回シリーズの講座に参加した。

もちろんアーティストデートの一環だ。

鳥や動物、植物、自然と人間の関係について学びたくて参加した。

今回は第1回目。座学であった。

84歳の元大学学長の先生の登壇だ。

高年齢だけど元気。

パワポで画面操作がうまくいかず、ちょっとイライラする先生。

手が余分なボタンに当たるらしく、
しゃべっているところからページがどんどん変わっていく・・・ 
そんなシーンが何度もあった。

微笑ましい。

そりゃ先生が現役の時はパワーポイントなんて存在しなかったものね。

先生、頑張って!

一番驚いた話

里山がテーマだった。
里山?
聞いたことあるだろうか?

割と話題にのぼってるかんじがする。

里山は人間の生活圏内にあり、住民とかかわりを持つ山林のことだ。

植生遷移のお話。

これが感動的だったんだ。

ちょっと漢字は難しい。 しょくせいせんいと読む。

植生とは山林に生えている植物のこと。
それが年月とともに変化していくというのだ。

最初の2年は背の低い草、
それから多年生草本になり30年から50年で陽樹林、
150年以上で陰樹林になる。

あっ!そういうことか!
膝を叩きたい気分になった。

人が住まなくなった家が荒れていくがあれは植生の変化の始まりというわけだ。

自然に言わせれば、元に戻ろうとしてるだけってこと。

あんたらが勝手に家建てたんだろって言われてる感じ。

自然のシステムは完全で緻密。
静かに、でも確実に進行していく。

小さな雑草から始まり、
背の高い草になりそして木が生え、
最後はうっそうとした森になる。
森になれば木木は自分の葉っぱを養分として成長していく。
500年から700年で完成するらしい。

私は自分の家のことを思い出した

実家をどうしようか考え始めた話は前に書いた

私のお世話になっている家も空き家になれば植生が進むということか。

草はすぐ庭を覆いつくすだろうな。

そのうち背の高い草がにょきにょき生えて

木が生えて

森になっていく。

森にはなってくれるな、私のおうち。

それは人間の都合。 家自体は案外、それもまたよしって感じてる気もした。

それが摂理だから。

人間側と自然側

人間からみると自分の家が草ぼうぼうって迷惑なお話。

でも自然はそのシステムでこの環境を維持している。

なん100年もなん1000年もかけて。

自然は自分たちで生産し、
それを消費して繁殖していく。
そして動植物の亡骸を自らのシステムで分解し、
それを養分として新たな生命が生まれてくる。

完全に完結している自然。

人間だけが生産と消費に特化しすぎた。
人間は分解が苦手。

それが自然破壊に繋がっていると私は感じたのだった。

人間である私はちょっと辛くなった。

帰り道

私は雨に濡れるうっそうと茂る山々をみて、感じた。

ああ緑が深くて美しいなと。

美しいだけでなく、力強さも感じた。

まさに命の源だ。

道端にも草草がよく伸びる6月。

前はちょっと嫌だなと感じたが今は違う。

みんな植生遷移の最中なんだ。

人間の発展の道筋を自然から学んだ1日だった。

こうした体験も、私の中では一本の太い幹から伸びた枝のようにつながっている。
その繋がりについては[お金の話ばかりじゃない理由|50代おひとり様がこのブログで伝えたいこと]に書いている。

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